交通事故加害者となった人々の、手記から見える後悔と反省の日々

突然の交通事故。あなたが加害者なら、その後どんな気持ちで生きていきますか?毎年たくさんの人が事故にあい、同時にたくさんの人が加害者として償いの日々をスタートさせています。そんな彼らの残した手記には、生々しい事故の記憶と後悔の念が綴られていました。

今回はその中から、4人の交通事故加害者の手記にあった内容を紹介します。同じ過ちを繰り返さないため、彼らの体験と思いを知ってください。

自分は大丈夫だと…過信が生んだ悲劇

元会社員のAさんは事故当日、スナックや居酒屋でお酒を飲んでから車を運転しました。普段より飲む量を控えめにしていたこともあり、「走り慣れた道だし、大丈夫だろう」という気持ちだったと言います。しかし、事故は起こります。

ふとよそ見をしたことで、車の前を横断する人に気付けなかったのです。フロントへの衝撃で人をはねたと感じたAさんは、怖くなって救護もせずに逃げ帰ってしまいました。自宅で両親に事情を話し、諭されたAさんは慌てて事故現場へ戻ります。

現場では通りかかった人によって被害者の救護が行われていましたが、すでに手遅れの状態でした。ほどなく警察や救急車が到着し、彼はそこで自身の罪を告白し逮捕されました。その後の裁判では約1年の実刑判決を受け、現在はすでに出所している模様です。

飲酒運転をした挙句、それに他人を巻き込むと言う罪を犯したAさん。手記では、「これを読んだ人は、自分と同じ過ちを犯さないでほしい」と後悔の念を語っています。車に乗った時点では、まさか自身が加害者になるとは思わなかったのでしょう。

彼だけではなく、事故の加害者となった人々は、おそらく皆そう思っていたはずです。「自分は大丈夫だから」「今まで大丈夫だったから」という過信が、彼や多くの加害者が起こしたような悲劇を生むのです。

一瞬の居眠りで大切な人が犠牲に…

トラックの運転手をしていたBさんは、恋人とのデート中に事故を起こしました。その日は仕事終わりに居酒屋で一緒にお酒を飲み、深夜になって帰路についたと言います。運転中に一瞬居眠りをしてしまい、ハッとした瞬間ガードレールに激突。

助手席で寝ていた恋人は後部座席へ打ち付けられ、気付いた時には手遅れでした。Bさんはその場で救急車と警察を呼び、逮捕されて実刑判決を受けました。手記で彼が語るのは、自身の過ちで犠牲にした恋人と、その家族への思いです。

謝罪へ出向いた際、恋人の家族には「娘の分まで生きてほしい」という言葉を掛けられたと述べています。また出所後の生活を気に掛けてくれるなど、非常に寛大な態度で接してもらったそうです。それを受け、彼自身は出所後も己の罪と向き合い、恋人の分まで生きて罪を償う決意をしています。

事故以前からお酒を飲んで車を運転することが多かったというBさん。それまで事故を起こさずにいられたのが幸いと言えるでしょうが、その油断で結果的に、一番大切な人を犠牲にしてしまいました。飲酒運転に限らず、普段からわき見運転やスマホ片手に「ながら運転」をしている人はいませんか?これまで事故無く運転できたのは、単に運が良かっただけ。

次の運転ではBさんのように、隣にいる大切な人を危険に巻き込んでしまうかもしれませんよ。

償っても罪は消えない…被害者家族に責められて

事故以前より、車通りの少ない道でスピードを出して運転するのが好きだったというCさん。その日も、法定速度を軽く超えるスピードで愛車を走らせていました。普段なら他の車はほとんど見かけない場所と時間帯ですが、その日に限って前方に自動車がいました。

しかし、一瞬よそ見をしていたCさんが気付いたのは衝突の数秒前。ほとんどノ―ブレーキで前方車両に突っ込んだ彼は、大きな衝撃によって意識を失いました。Cさんが次に目覚めたのは病院の一室で、そこで告げられたのは『車に乗っていたドライバーの子供が亡くなった』ことでした。

彼が起こした事故により、後部座席に座っていた2人の子供が犠牲になったのです。子供たちの葬儀には両親が出向き、Cさんも退院後に被害者宅へ謝罪に向かいました。彼を待っていたのは、子供たちの両親からの厳しい言葉でした。

なによりダメージを受けたのは、『お金や謝罪などいらない。子どもたちを返せ』という言葉だったとCさんは語っています。この言葉で、彼は『今度いくら罪を償おうとしても、自身の罪が消えることはない』と思い知らされたのです。

その後実刑判決を受け、刑期満了後に出所したCさん。刑務所内では罪の重さから何度も自殺を図りましたが、いずれも失敗しました。手記の最後に、彼は『死ぬことさえ許されないほど、この罪は重い。それを忘れずに生きていきます』と語っています。

幸い命は助かったものの…これからも続く償いの日々

Dさんはその日、友人との待ち合わせに遅れそうになり、焦る気持ちで車を走らせていました。道路は見晴らしのいい一本道で、まさか事故が起こるとは誰も予想していなかったことでしょう。その日の予定について考えを巡らせていたDさんは、目の前を横切ろうとする高校生に気付きませんでした。

慌ててブレーキを掛けたものの正面衝突、フロントにかなりの衝撃を受けたDさんはパニックになり、車でそのまま立ち去ってしまいました。次の日、Dさんはニュースで自身の事故についての詳細を知りました。衝突した高校生は重症だが命に別状は無く、病院で治療を受けているとのことでした。

一安心したDさんでしたが、それで事故を起こした事実が消える訳ではありません。警察に出頭・拘留され、釈放後に高校生の入院する病院へ謝罪に向かいました。高校生からは逆に、自身もよく確認せず横断してしまったことについて謝罪を受けました。

しかし、治療を行った医師によると『治療が遅れたため、脚に後遺症が残るかもしれない』とのことでした。事故後すぐに救護していれば問題なく治ったかもしれないのです。それを聞いたDさんは、一生をかけて償いをしていくと心に決めました。

Dさんのケースでは、最悪の事態だけは免れることができました。しかし交通事故は時に、被害者に生涯続く苦しみを与えることもあります。そうなれば、加害者の償いもまた生涯続くことになるでしょう。

交通事故は他人事ではない!だれもが持ちたい当事者意識

私自身、運転中に注意散漫になり、危ない思いをしたことが何度もあります。

つまり、交通事故はだれにとっても他人事ではないということです。紹介した4つのケースはどれも、事故を起こそうとして起こしたものではありません。よって運転中は、だれもが常に「いつか加害者になるかもしれない…」という意識でいたいものですね。